戦争体験を語る夕べ

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●戦争体験を語る夕べ
戦争体験に真剣に耳を傾ける参加者 『平和憲法を守る市民の会(準備会)』が1999年8月22日に加賀市市民会館で開催しました。
『戦争を語る夕べ』には30人の市民の方々が集まり平和への願いを込めて原爆体験・戦争体験に耳を傾けました。
 被爆体験・戦争体験をされた3名の方が貴重な体験を話されました。
「水をくれ、助けてくれ」とすがる人々・・・
医者もいない、薬もない中で何もしてやれない・・・
「軍隊の一員だったので自分も被爆していたが手袋もつけず毎日何百人という遺体を集め焼く仕事をした。あの光景はいつまでも忘れる事はできない。命ある限り原爆反対のため語り伝えていきたい」と語ったのは広島で被爆し今も治療に通っていると言う七尾さん。

●被害者ではなく、加害者?
 「私の父は戦死しました。自分は長い間、戦争の被害者だと思ってきましたが、実は加害者なのではないか?と最近思うようになりました。
戦後日本が軍隊を派遣せずにきたのは安保条約のお陰だと言う方もいます。
正直自分にはよく分かりません・・・
しかし、平和憲法のもとでもガイドライン法などができて軍隊が海外へ出て行ける事実はおかしいと思う」と疑問も投げかけた西山さん。
また、参加した方からも貴重な体験が話されました。会場には戦争の記録などの資料も展示されました。


●10.4協定見直し撤回徒歩訓練中止求め防衛庁と交渉
 2002年5月17日、日本共産党県委員会の代表と共に東京・市が谷の防衛庁を訪れ中谷防衛庁長官宛に『10.4協定』の見直し撤回や陸上自衛隊の徒歩更新訓練などの中止を求める要請書を提出し、防衛庁と防衛施設庁と交渉してきました。
~要請内容~
・爆音に苦しめられている地域住民の生活を脅かす協定の見直しは撤回すること。
・騒音訴訟の決断に従い速やかに環境基準達成への具体化を。
・「山地機動訓練」や「徒歩行進訓練」は中止を・・・等です。
これに対し各部局の12人の担当官が対応し、『環境基準の達成は難しい』『6月の議会や自治体の意向については受けていきたい』などと述べ、昼休み時間の飛行の具体的な内容などについては明確な答えはありませんでした。


※もともと『10.4協定』は最低限の「騒音対策」として結ばれたものですが、現在も市民は騒音被害に苦しんでいます。2002年3月の判決で『その定めが達成されていない』と断じられたにも関わらず、こうした緩和を認めることは市民の健康を犠牲にして訓練を最優先させる考え方で、とうてい認めることは出来ません。

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