自己紹介


これからも頑張ります。
 総選挙が終わり、国会では庶民大増税・憲法9条改悪の動きが強まっています。絶対に許せません。
 それだけにアンケートには「税負担を軽くして欲しい」「不況で仕事が減って生活できない」など・・・。本当に切実です。こんな時こそ地方自治体が、くらし・福祉を守る本来の役割を果たすことです。
私はアンケート一枚一枚を「新加賀市政にとどける」「子供たちに平和憲法を残したい」と決意しています。

新後ゆき子


1948年(昭和23年)11月14日加賀市片野町にて生まれる
市立黒崎小学校、橋立中学校、県立大聖寺高校、県立保育専門学園卒業
加賀市役所保母として8年(錦城保育所、大同保育所、金明保育所)勤務
1977年3月市役所を退職。同年4月日本共産党加南地区委員会就職
1978年2月加賀市議会議員に当選。以後連続4期当選。1994年1月5期目に落選。1998年1月に再選され、その後、新加賀市の合併、新議会になり、1期目当選。
趣味は音楽鑑賞・観劇など
長所は明るく朗らか、気が長く粘り強い。
短所は慌てん坊(そそっかしい)。
常任委員会:産業建設常任委員会
特別委員会:新幹線・交通対策特別委員会、議会便り発行委員会
泣き虫、おてんばな少女時代
美しい自然に包まれた片野町に、3人姉妹の次女として生まれ、おてんばで泣き虫に育ちました。 黒崎小学校で、出会った卓球は、橋立中学校、大聖寺高校のクラブ活動へと続き、中学2年時には、郡市大会で団体優勝。
市職員になって、石川県内の都市職員大会でも2度の個人優勝をしました。
「戦争のない平和な社会を子どもたちに」日本共産党との出会い、29歳で市議選へ

高校を卒業後、保母を志して、石川県立保育専門学園へ入学。
2年後期学生会の会長に。卒業後、加賀市役所へ就職。
その年に、「平和と子どもたちの豊かな成長を願って」日本共産党に入党。28歳の春に、8年間の保母としての生活に終止符を打ち、日本共産党の活動に専念する道を選択。
母は猛烈に反対しましたが、政治を変えたいとの想いは、揺らぎませんでした。翌年、29歳で市議選へ立候補し、初当選。以来、4期16年間を吉村秀盛氏と議員団として活動。5期目の選挙で二人ともに落選。
1年後に補欠選挙にも挑戦しましたが落選。
議員でなかった4年間は、緑ヶ丘小学校育友会副会長、小松市民生協理事、子ども会などの地域活動に参加。
多くの人々と出会い、多くのことを学ぶ貴重な機会となりました。
4年後に再選を果たしました。

34歳(2期目)で結婚。一男一女の母となり、議員活動と子育ての忙しい日々を送りましたが、14年目に離婚。
子ども二人と愛犬(モコ)が私の家族です。

現在息子と娘、愛犬(チワワ)のモコが私の家族。
議員2期目で結婚しましたが、人生観の違いが大きく14年目に離婚。
2003年4月、松が丘に中古住宅を購入しました。
これまで17回に及ぶ私の引っ越し人生を終わりにしたいと思っています。
 娘は、めでたく高校を卒業して、金沢の専門学校へ進学が決まり、自動車免許も取得して、新しい生活をスタートさせます。
  愛犬「モコ」は相変わらずで、家を守って、来客に向かって吠えています。
 息子は、東京での生活2年目。何とか頑張っています。

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