自己紹介
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新後ゆき子 |
| 1948年(昭和23年)11月14日加賀市片野町にて生まれる | |
| 市立黒崎小学校、橋立中学校、県立大聖寺高校、県立保育専門学園卒業 | |
| 加賀市役所保母として8年(錦城保育所、大同保育所、金明保育所)勤務 | |
| 1977年3月市役所を退職。同年4月日本共産党加南地区委員会就職 | |
| 1978年2月加賀市議会議員に当選。以後連続4期当選。1994年1月5期目に落選。1998年1月に再選され、その後、新加賀市の合併、新議会になり、1期目当選。 | |
| 趣味は音楽鑑賞・観劇など | |
| 長所は明るく朗らか、気が長く粘り強い。 | |
| 短所は慌てん坊(そそっかしい)。 |
| 常任委員会:産業建設常任委員会 特別委員会:新幹線・交通対策特別委員会、議会便り発行委員会 |
| 泣き虫、おてんばな少女時代 美しい自然に包まれた片野町に、3人姉妹の次女として生まれ、おてんばで泣き虫に育ちました。 黒崎小学校で、出会った卓球は、橋立中学校、大聖寺高校のクラブ活動へと続き、中学2年時には、郡市大会で団体優勝。 市職員になって、石川県内の都市職員大会でも2度の個人優勝をしました。 ![]() | |
「戦争のない平和な社会を子どもたちに」日本共産党との出会い、29歳で市議選へ ![]() 高校を卒業後、保母を志して、石川県立保育専門学園へ入学。 2年後期学生会の会長に。卒業後、加賀市役所へ就職。 その年に、「平和と子どもたちの豊かな成長を願って」日本共産党に入党。28歳の春に、8年間の保母としての生活に終止符を打ち、日本共産党の活動に専念する道を選択。 母は猛烈に反対しましたが、政治を変えたいとの想いは、揺らぎませんでした。翌年、29歳で市議選へ立候補し、初当選。以来、4期16年間を吉村秀盛氏と議員団として活動。5期目の選挙で二人ともに落選。 1年後に補欠選挙にも挑戦しましたが落選。 議員でなかった4年間は、緑ヶ丘小学校育友会副会長、小松市民生協理事、子ども会などの地域活動に参加。 多くの人々と出会い、多くのことを学ぶ貴重な機会となりました。 4年後に再選を果たしました。 34歳(2期目)で結婚。一男一女の母となり、議員活動と子育ての忙しい日々を送りましたが、14年目に離婚。 |
| 現在息子と娘、愛犬(チワワ)のモコが私の家族。 議員2期目で結婚しましたが、人生観の違いが大きく14年目に離婚。 2003年4月、松が丘に中古住宅を購入しました。 これまで17回に及ぶ私の引っ越し人生を終わりにしたいと思っています。 娘は、めでたく高校を卒業して、金沢の専門学校へ進学が決まり、自動車免許も取得して、新しい生活をスタートさせます。 愛犬「モコ」は相変わらずで、家を守って、来客に向かって吠えています。 息子は、東京での生活2年目。何とか頑張っています。 |




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