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国宝知恩院の敷地に建立された京都開放運動戦士の碑を尋ねて

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11月9日(日)と10日(月)の両日、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟全国女性交流集会が京都市平安ホテルを会場に開催されました。石川県から私が参加させていただきました。集会の日程を終えた10日の午後、オプシャルツァーとして企画された「京都開放戦士の碑」が建てられている浄土宗総本山「知恩院」を尋ねました。寺へ向かうバスの中では、京都本部の三双順子さんより、「なぜ国宝の知恩院に解放戦士の墓が建てられたのか」について説明がありました。「建設実行員会の事務局長だった田村敬男さんが印刷業を営んでいて、知恩院の大事な資料を採算を度外視して原価で見事にやり遂げことから、知恩院さんとの糸口ができて、敷地貸与の申し出をしたところ、知恩院本山の宗務会に諮ることになった。宗務会では、赤旗の林立を恐れて、あわや否決されそうになった時に、井川定慶師(当時教学部長)という一人の僧が「ご開祖にも法然上人は、時の権力に反対して島流しに遭われたが、そうしたときにも遊女を救われた。戦争中、国賊と罵られ、親兄弟から見放されても戦争反対を主張し、難儀を受けた人たちが法縁を求めてきている。これも無下に断っては、ご開祖法然上人のご意思に反するのでないか」と反対する僧を説得してくださった結果、国の重要文化財となってる知恩院山門北側の土地15坪を永代無償で貸していただけることになった」とのことでした。

そして、その知恩院は、今、大改修事業の最中でした。現在は、重機を使っての改修だが、昔はどのようにしてこの建物を建立したのだろうかと思わずにはいられませんでした。

京都は、河上肇、国領五一郎、谷口善太郎、蜷川虎三、細井和気喜蔵、山本宣冶など多くの革命家を誕生させてきました。国宝である知恩院に建設されている解放運動戦士の碑を巡る旅は、平和と民主主義のために闘った偉大な先人たちと其の意思を今に伝えるために1958年に建立されて以来、今日までに2017名の有名無名の解放運動に献身された方々が合祀されているとのことでした。

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